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★ ボイスといた5時間 [展覧会・アートイベント etc.]

★ 最終日の 『Beuys in Japan:ボイスがいた8日間』
 水戸芸術館現代美術ギャラリーへ車を走らせて、昼ころ到着。

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★ヨーゼフ・ボイスを見る「視点」を整理しつつ会場へ///急いで5番目の展示室へ。。
  ① 東京藝大での「対話」 追体験。
  ② 既成の芸術の枠組みを超えた運動へ・・・ 「社会彫刻」を再検討。
  ③ 既成の“展覧会的”に展示された「オブジェ」や「ドローイング」をたどる。 
  ④ 残された映像を感じる。 「パフォーマンス @草月会館」with Nam June Paik

 BEUYS_6807.jpg

★個人的な問題にひきつけて考えてみれば、
 1984年5月29日〜6月5日の8日間は、
 芸大美大受験に向けて代々木の美術予備校で浪人生活中。

 それでもボイスが東京藝大に来て、伝説的な“対話”をしたらしいことは聞いていたが、
 それは彼のファッショナブルな面への興味と、作品の美しさに惹かれての事だったと思う。
 その時期のナム・ジュン・パイクにはまったく惹かれなかったから、
 やはり美術手帖の「ドクメンタ」等の情報を見て影響された、
 表面的現象的な興味だったのだろう、、、。

 当時どういうわけか?父の仕事場の壁に掛かっていたドローイング*を眺めたり、
 書棚にあった『Coyote』パフォーマンスの写真集を見たりしながら、
 昼間は美術予備校で石膏デッサンなどしつつ、早くその状態から脱したいと思っていた。

 きょう展覧会で見た*『レオナルドの「マドリッド手稿」のための素描』に見覚えがある。
 この鉛筆のタッチは、ボイスの「デッサン力」が確かなものである事を教えてくれた。
 その線による表現は、強靭な意志の力に満ち、かつ無駄な力がまったく無い。
 脱力しているかのような・・・
 そんな影響を受けて、わけのわからないスケッチしてたなぁ・・・

★映像で見た、彼の言葉は今でも、というか今聞いてこそ新鮮さ。
 まだベルリンに壁があった時代の話が、ビンビン届いてくる。
 1984年には、こちらにこの内容を許容する頭が無かったなあ、と思いつつ。。。
 
 1984年と2010年が、水戸の地で交錯した。
 1Q84 のような気分になりつつ、あっという間に5時間経った。
 ヨーゼフ・ボイスの提示したコンセプトは、すでに僕の身体化しつつ有る。 ということ。


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SHISEI

僕にとっては、同時代体験としては「ファッショナブルなボイス」だったのだが、
今、彼の言葉を聞くと、まだまだ刺激的で面白かった。
なんだか勇気がでたというか・・・

自分の個人的な問題というより、
20代くらいの若者が会場に多くいて、一生懸命見たり聞いたりしていて、
ふーん、どんなふうに受け取っているのかな〜 ということに興味が移った。

字幕をあえて追わずに、ドイツ語で聞いていたが、
意味はわからずとも、この人のアクションなら人を動かすことはできるな〜 と。
(危険だろうか?)
by SHISEI (2010-01-31 02:33) 

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